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2014.6.6 「どんぶら〜が語る」
どんぶら〜

西洋って「築いていく」感じ、日本って「廻す」感じ


キレイなお姉さんの靴下を年中MOGUMOGUしていたい妖怪どんぶらです。

いつもは、キレイなお姉さんのオウチに忍び込んで、
靴下を片一方食べちゃう悪さをするんだけど、

最近は、

「やだ、ちょっと、湿ってる」

って言われたいから、
MOGUMOGUした後で唾液べったりの靴下を、ベッドの脇にそって置いて
身を隠して、履いた時のリアクションを確認するのにハマっているべ。

IMG_3715

超興奮するべ。

 

さて、今回は、前回の続きで、東洋の人間が持ってる気がする「余白」について。
前回は砂漠みたいな厳しい環境だからこそ、即断即決、絶対の唯一神教が出来たよねーって話でした。
で、お金の稼ぎ方にも、環境や宗教の違いが出ている気がするよ、ってとこまでタイトル通り、書こうと思ったんだけど
価値の話まで書いたら眠くなったのでやめたのでした。

では、気を取り直して。

1.儲け合う関係を構築する西洋

まず、今の西洋って中間搾取を迎合でなく、認め合ってる気がするべ。
昔からの繋がりがあるコミュニティが決まっていて、
そこには、そこのみんなで儲ける仕組みづくりが構築されていて、
その関係をすごく尊重している印象を受けたべ。

安いから決めるとか、製品が良いから決めるとかでなくて、
すごく繋がりとか伝統とかを重んじて関係を構築していく、
それを受け継いでいく、そこからの消費関係。

コンビニの少なさ、屋外広告の少なさ、大手スーパーの少なさ、
海外輸入食品の少なさ、建築物の普遍性、家族で通うバル・・・etc

地産地消してんなーと思ったべ。
まさに仲間を造って生き延びる社会構築だっぺ。

西洋は「築いていく」文化じゃないべか。

seiyou

うん、最高に趣味いいべ。築いていく文化の象徴。

だけど、素晴らしいんだけんども、チャンスが少ないだろうな、とも感じたべ。

 

2.都合よく使おうの日本

日本は、「お客様は神様です」って顧客第一主義という大義があるから、
無駄を削る力学にいっちゃうの当たり前に感じているよね。
改めて思ったんだけど、けっこう、実力主義だっぺ。
東京なんて、本当にそうだけど、モノや会社から人付き合いまで、
ポンポン入れ替え可能で、フットワーク軽いよね。
そして、人の課題を自分から探しにいくもんね。

地方も車製造を中心に国内産業の工場とか働き口の中心になったりするじゃない。
さらに言うと、IKEYAやとか、コストコとか誘致のキッカケに使っちゃったりするじゃない。

だから、良し悪しはあるんだけども、
こっちの方がイノベーションみたいなことは、起こりやすいだろうなと思ったべよ。
変化が多くて「廻す」文化だっぺ。

kabu

うん、「廻す文化」にピッタリだべ。これ被ったら、廻ったりだけじゃなくて
ラリアットしたり、マイクパフォーマンスしたりと大忙し。

これだけだと日本のアメリカ化に近い現象に感じるかもだけど、
日本の場合はちょっと違うようにも思うべ。

 

3.「廻す」もちょっと深く考えてみる

そもそも多神教で、中華思想とか、儒教とか、道教とかとか、
いろんな文化が入り混じった仏教がデフォルトになっている日本人って、
洗練された「宇宙に答えはない」って答えがどこかにあるべ。
物事は二元論では語れず、相対的に存在するって理解が染み付いてるべ。

なので「これが絶対正しい」なんて思ってないので、そのまんま「受け入れる」ってことが、ないべ。
なんとなしに「都合よく」自分にフィットして受け入れる、取り入れるって考え方が個々に出来上がっていると思うべ。
そんで、たくさんのモノを取り入れていって、アップデートさせていく、良くしていくってことが本当に得意。

ここでの「自分にとってはどう活かせるかな?」って気付きが、「余白」だと思うべ。
絶対、結局は引き算しているし。日本人って必要なものをどれだけ少なくして成立するか考える文化らしいべ

ゴールなんてなくて、ただただ、「余白」の使い方に熱中する感じ。
ここは合理性とは文脈が違うから、アメリカ化とはちょっと違うんじゃないかなーって気がするべ。
得よりも、気持ち良くする感じ。そこに終わりはないんだっぺ。

でも、工程は得意だけど決議として何かを決めるってことはやっぱり超苦手だよね。
決めるってことは、答えをだすことで、ここで考えるの終わりです、ってとこまで持っていく作業だもんね。
日本人の意思決定が遅い根源って、「答えが決まらない」ではなくて、
実は「答えを出したくない」って考え方が脳に刻み込まれている、ここじゃないかしらん。

そんなこんなで比較してみた人間観察でした。

 

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