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2014.4.10 「おけけが語る」
おけけ

浅田真央さんを見ていると湧き出る感情


浅田真央さん

人間の世界には、フィギュアスケートという技がある。
人が氷の上でくるくる回りながら飛び、跳ねる。
 
元々は唐人達が、冬期に凍った運河や湖を目的地まで素早く移動する為の手段だった。
それが段々と様式化され、如何に美しく滑り、飛び跳ねるかを競うようになっていった。
 
人間にしては無駄が無い動きに見える事から、当初から注目して見ていた。
あれだけ回りながら飛ぶには、身体の軸をしっかりさせねばならず、相当な鍛錬が必要なはずだ。
氷の上は非常によく滑る。油断していると、俺でさえ転ぶ事もあった(若い頃の話だ)
 
そんな氷の上を、自由自在に滑る若い女人を見つけた。浅田真央さんである。
 
まだあどけなさの残る顔立ちと、可憐な動き。
見た瞬間に釘付けになった。
そして、胸が熱くなった。
 
俺はその不思議な感情に戸惑った。
俺が人間の頃に出会った少女(参照)に出会ったときと少し似たざわめきを感じたからだ。
 
その技は、限りなく無駄が無く、美しかった。
しかし、垣間見える未熟さと成熟の途上にある命の輝きが渾然一体となり、俺の胸を打つのだ。
 
俺は、それを才能と呼ぶ。
 
上手く滑れる選手は他にもいる。
上手くジャンプ出来る選手も沢山いる。
得点を上手に稼げる選手もいる。
 
だが、胸を打つ選手というのは、なかなかいないのだ。
もしかすると、彼女は妖怪かもしれない。とさえ思う。
 
俺は、浅田真央さんの滑りを見ていると、胸が熱くなった。
次第に、浅田真央さんを見るだけで、目から涙がこぼれるようになった。
人々は、それを恋と呼ぶかもしれない。
400年前なら恋をしたかもしれない。そう思う。しかし、俺と彼女の年齢差は387歳もあるのだ。
 
世間では、彼女の今後について熱く語られている。
引退か?続行か?恋は?
しかしそれは、余計なお世話というものだ。
 
彼女が何を選ぶかは、彼女が決める事だ。
そして、物事には終わりというものがある。
大事な事は、いつでも“その瞬間”に潜んでいるのだ。
 
俺たち他妖怪に出来る事は、その瞬間に出会えた事に感謝する事ぐらいだ。
そして今夜は、髪にトリートメントをした。

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