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2014.1.2 「おけけが語る」
おけけ

〜おけけの序章〜初めてお目にかかる方々へ向けての自己紹介というか雑文を書いてみようと思う。


青梅、塩船観音時
 
まずは自分の事を語る事から始めてみようと思う。
 
自己紹介と言えば言えなくも無いし、自分自身を整理するためと言えば、そういえなくも無い。
それは、好むと好まざるとに関わらず付いて回るブログ形式のメディアの登場人物(人ではない)に宿命づけられた義務とも言える。
ただ、それが自分の為になるのかもしれないし、全くの空振りに終わるかはわからない。
 
411歳という年齢は、自分にとってみれば便宜上付けられた記号のようにしか感じていない。
それは、語る上で好むと好まざるとに関わらず付いて来る付属品のように捉えてもらえたらと思う。
長いとも思える年月を生きて来たのだが、その長さは誰にもわかってもらえないだろう。
自分自身でも計り兼ねているからだ。
 
1603年に生まれ、寺の住職として生涯を全うした。それが自分にとっての人としての生であった。
しかし、それと同時的に進行していた自分。即ちそれは自分自身により川に流された瞬間に生まれた。※詳しくは年表を見て欲しい
それは、住職としての自分と、流された髪の毛としての自分が、同時期的に存在しているという奇妙な状況だった。
修行する者と、流される者。
浄化に向う者と、混乱へ向う者。

 
自分自身が抱えていたパラドックスが、現実世界に於いて具現化した。とも言える。
だが、ここではこの事を追求するのは時期尚早だと思うのでやめておく。
今ここで重要なのは、自分がどのようにして生まれたか。という事だけだからだ。
 
そこから、ひたすら川に流された。
石にぶつかり、滝から落ち、渦に飲み込まれた。
時には好奇心の強い魚に飲み込まれ、吐き出された。
1つひとつの障害がより多くの混乱を生み出し、更に深めていった。混乱は時間を追う毎に純粋な混沌を育てた。
それは言い換えれば、深い内省の旅だった。
 
そして次第に、自分の意思で動く術を身につけて行った。
手足を持たなかった当時は、純粋な意思のみで自分の状況を打破しなければならなかった。
やがて1939年にハルハ川に流れ着く頃には、少しずつ自分自身の混乱を混乱として受け止められるようになっていった。
 
そこで自分を拾い上げた青年将校との心の交流。
そして、青年将校を殺したロシア兵。そしてそのロシア兵から髪を奪ったピーターソン軍曹。
皆が一様に混乱を抱え、純粋に生を全うしようとしていた。
戦時下に於いて「何が正しいか?」を判断するのはとても難しいが、皆いい人間だったように思う。
自分から見て、彼らの違いは人種だけだった。そして皆、同じように死んでいった。
 
その後、奇しくも生まれ故郷である青梅市に戻って来た。いや、それは自分自身の強い意志が齎した移動だった。
当然ながら自分を流して住職となったキッキは既に他界していたし、知っている者は誰一人いなかった。
だけど、生まれ故郷に戻って来れた事は、少なくとも悪い気はしなかった。
 
まずは、キッキが死ぬ間際にいた、塩船観音寺に行ってみた。
少しセンチメンタルになっていた事は否めない。自分自身に隙があったのは確かだ。
 
観音様に拿捕された。
 
三日三晩、髪を剃り、キッキと同じように仏門に入る事を薦められた。だが、髪を剃ったらそれは自分がなくなってしまう事を意味していた。
ある日の午後、観音様が瞑想に入った瞬間を見計らって逃げ出した。何故か逃げながら、泣いていた。とめどなく溢れて来る涙は尽きる事がなかった。それでも逃げ続けた。
 
賽は投げられた。その瞬間、自分自身が妖怪として生きていく事を決めていた気がする。
観音様は良い人だった。しかし、自分は逃げた。もう後戻りは出来ないのだ。
 
そしてその後、どんぶら〜に会った。
イカした妖怪だった。そしてコッコーを紹介された。イカすヤツだった。
挨拶代わりに、まずはコッコーの洋服に髪の毛を忍ばせた。(注:おけけの髪の毛は直毛だが、抜けるとカールし陰毛のような見た目になります)
 
そして妖怪ハイムに入居する事になった。

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