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2014.2.4 「おけけが語る」
おけけ

1984 俺は渇いていた


サスケ
あれは1984年。
場所は東京都葛飾区西新小岩3丁目。東京の東側に位置する下町だ。
特段語るべき特徴の無い街だった。誰も好き好んで来た訳ではない。特に害がある訳ではないが、用事も無いのに来る事は絶対にないだろうと思う。
 
俺は出来るだけ早く用を済ますため、足を急いだ。
どこにでもあるような駅前の通りを少し離れると、道一本を挟んでさびれた町並みが広がっていた。
所狭しと家が建ち並び、そこからはみ出るようにして、洗濯物がガードレールに吊るされていた。
洗濯物は、そこにいる事を少し恥ずかしく感じているのか、俺が通りかかると小刻みに震えた。遠くで犬が吠えていた。
 
風向きによって流れて来る腐ったような臭いと、工場の立てる騒音。
決して長居したくは無いが、どこか落ち着く雰囲気もあった。
 
少し歩くと、のっぺりとした箱を並べたような団地が立ち並んだエリアにさしかかった。
1950年代半ばにこぞって建設が始まった公団住宅は、水洗トイレ、風呂、ダイニングキッチン、ベランダなどを取り入れ、当時は近代的なものとして憧れの住宅としてもてはやされた。しかし今では老朽化が進み、一体には人々の生活の生々しさがべっとりとシミのように広がっていた。
 
団地の下にある猫の額程の広さの公園では、子供達が意味も無くアリを殺して遊んでいた。木の棒、ライターなどを使い、誰がどれだけ変わった殺し方を出来るのかを競っているようだった。
 
子供に命の尊さを教えてやりたい衝動に駆られたが、用事がある事を思い出しやめた(もっとも、子供も妖怪に道徳を説かれたくはあるまい)。
俺は歩く足を少し早めた。その時だった。殺気。肌が泡立った。同時に俺は飛んでいた。飛びながらも、敵のいる位置にあたりをつけた。すぐ直後に着弾。BB弾だった。
避けたと同時に俺は敵に向かって毛を飛ばしていた。反射的だった。
俺の毛は、毛根から離れて暫く経つと陰毛のようにカールする特徴がある。敵の衣服には陰毛が一本絡まっているはずだ。
 
顔を上げると、もう誰もいなかった。
だが、俺は弾を避けながらも、敵の顔を見ていた。
次の発砲に備えて、走った。俺は冷静さを保ちながらも、頭の片隅で動揺していた。俺に向って殺気を投げかけて来たのは、10歳に満たない子供だった。そして、明確な殺意をもっていたのだ。
 
暗がりに身を潜めて、気配を伺ってみた。
子供は、もうそこにいなかった。敵の服に付いた毛から伝わって来た。
「俺は、逃げ果せたのではない。アイツは、殺す事がどうでも良くなったのだ」
敗北感に打ち拉がれた。
 
そして俺はコンビニに辿り着いた
喉が猛烈に渇いていた。ちょっとやそっとでは駄目だ。喉を引っ掻くような刺激が欲しかった。
こんな時には、決まってサントリーの“サスケ”を煽る。
 
どす黒い液体が喉を伝い、独特の臭いが俺の鼻を刺す。
そうだ。俺は混乱していたのだ。そして、そんな時はコイツに限る。
サスケは、サントリーが1984年に発売した、清涼飲料水だ。
飲み物もエグいが、CMもエグい。
 

1980年代。カオスが渦巻く時代だった。だが今振り返ると素敵な時代でもあった。
ウォークマン、カルチャークラブ、デュランデュラン、千代の富士、ハレー彗星。そしてバブル経済。
世の中の仕組みは今よりも拙く、皆必死に何か新しい物を作ろうと模索していた。
 
そして、サスケはそんな流れの中に突如表れ、いつの間にか販売を停止していた。
だが俺はサスケを忘れない。そして1984年の西新小岩での戦いの傷も、未だ俺に刻まれたままだ。

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