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2014.5.27 「おけけが語る」
おけけ

大相撲夏場所が終わり、今更ながらに思う


白鳳 不知火型

大相撲夏場所が終わり、白鳳の29度目の優勝で幕を閉じた。
 
相撲というものは、日本固有の宗教である神道に基づいた神事であり、武道でもある。
誰が勝った、負けた。だけではなく、その立ち居振る舞いの美しさも大事である。
 
土俵入り、仕切り、立ち会い、そして相撲の内容に至るまで、精神性や中身が重要となる。
今回優勝した白鳳は、モンゴル人ながら、見事に相撲を体現している一人だ。
彼の相撲の実力は勿論、土俵入りの美しさは目を見張る物があり、横綱に相応しいと感じている。
個人的(個妖怪的)には、千代の富士以降の横綱の中では、俺が最も注目している力士だ。
そのような人物が横綱を張っている今は安心して見ていられる。
 
しかし、相撲界は度重なる不祥事や、人気力士の不在もあり、一時どうなる事かと不安視される声も数多くあった。
勿論今でもその不安の声はあるが、この先の白鳳がどこまで活躍できるか?という楽しみや、遠藤といった期待の若手(しかも日本人だ)の出現があり、まだまだ楽しみな部分もある。勿論稀勢の里にも期待している。
 
それでもやはり、現状を見てみると横綱三人が外国人であったり、白鳳以外の横綱の体たらくはどうしたものか?というのは、相撲界にとっての不安材料だと思う。
思うに、日馬富士も鶴竜も、横綱としては十分ではないと俺は思っている。しかし、彼らの実力は勿論確かなモノがあるのは認める。
 
横綱審議委員会という組織がある。
俺はそこに問題を感じている。

 
前述の通り、日馬富士も鶴竜も、まだ横綱に上げるべきではなかったと俺は考えている。
それを、早まった判断をした横綱審議委員会が、横綱になった後に安定した成績を残せない両横綱に対して苦言を言っている事が解せない。
 
勿論、横綱になる事を決めた二人が更に精進し、横綱としての力量をつける努力をする事は必要かもしれない。
だが、早まった判断をした横綱審議委員会の面々の責任というのも、当然あるべきだと俺は思う。
 
政治的な事、興行的な理由。そんな事がちらつく彼らの裁定が、現在の「横綱が5敗もしてしまう」という状況を作ってしまっている気がしてならない。
 
横綱というのは、定義通り「心・技・体」が備わって初めてなるべきもので、その1つでも欠けていれば、それを指導するべきであろう。
その判断を行えない横綱審議委員会。それこそが相撲の意義をつまらなくさせ、魅力を半減させているのだという事を、俺は声を大にして言いたい。
 
だがしかし、まずは白鳳の29度目の優勝を祝いたい。
そして、来場所以降の日馬富士、鶴竜にも期待したいと思う。
 
今はまだ不足しているとはいえ、横綱になった事にはそれなりの意味があると思う。
それを良い意味にするもしないも、両横綱の努力にかかっている。頑張って欲しい。

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